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一歩を踏み出す勇気。ケルティックハープ奏者・松岡莉子さん~スコットランドで伝統音楽を学び、そしてアメリカへと羽ばたく

英国王立スコットランド音楽院を卒業。プロ活動のさなか、今度は米・バークリー音大を訪れる。彼女の飽くなき探求心と、その根源にある海外文化の魅力とは。

著者:MuseMate編集部  2022/11/12  無料

英国王立スコットランド音楽院、スコットランド音楽学科の修士課程を日本人で初めて修了したケルティックハープ奏者の松岡莉子(まつおか りこ)さん。帰国後はテレビ朝日『題名のない音楽会』への出演、関西フィルハーモニー管弦楽団と共演してのケルティックハープ協奏曲の初演などプロ演奏家としてのキャリアを積む。

そんな中、今年8月にはアメリカの名門・バークリー音楽大学のサマープログラムに参加するためボストンを訪れたという。特集「音楽家の海外体験記」今回は繰り返し海外へと渡り研鑽を積む松岡さんをお迎えし、その魅力や気づきを存分に伺った。

スコットランドの伝統音楽を学ぶため「英国王立スコットランド音楽院」に留学

松岡:ケルティックハープという主にケルト文化圏、アイルランドやスコットランドで演奏されている伝統楽器を演奏している松岡莉子と申します。 3年前にスコットランドの留学から帰ってきて日本で活動をしています。

MuseMate編集部(以下、MM):本日は「音楽家の海外体験記」というテーマでお話しを伺います。よろしくお願いします。

松岡:お願いします。

MM:まずは留学についてお聞きします。スコットランドにはどのくらいの期間、どちらの大学に通われていたのですか?

松岡:留学をしたのは2016年のことでした。スコットランドの伝統音楽を勉強するために、大学院に入りたかったんです。大学院に入るにはオーディションを受ける必要があったんですけど、留学当時は全く知識がゼロだったので、渡英したての1~2年くらいはずっと修行みたいな感じでした。

最初はワーホリビザ(※ワーキングホリデービザ)で行ったんです。そこで色んな先生のレッスンを受けながら、オーディションの準備をしました。そして「英国王立スコットランド音楽院」のオーディションを受けて、2018年から2年間大学院に通っていました。

MM:なるほど! 入学より前にワーホリでまず現地に行っちゃったってことですね。留学以前の海外経験はありましたか?

松岡:大学生の時、関西の一般大学だったんですけど、当時からこのハープは演奏していたので夏休みを使って1か月くらいハープの音楽祭に行ったり、現地の先生のレッスンを受けたりしていました。

MM:ということは留学準備で渡英した時点で、もう英語の心配はほとんどなかったのでしょうか?

松岡:いえ、英語は全然出来なかったです(笑) 大学院に入学するときにIELTSのスコアが必要だったので、そこでようやく英語の勉強をした感じです。


出典:https://rikomatsuoka.com

音楽にあふれる日々。ステージ上でお酒を飲みながら、演奏して踊り明かす

MM:スコットランド留学中の思い入れの強い出来事はありますか?

松岡:音楽以外のことなんですけど、日本に比べて食べ物文化がイギリスは全然違っていて。特に友達の家に遊びに行ったらポテトチップスが挟まっているサンドウィッチを出してくれて、そういうのって日本で見たことなかったので面白かったですね(笑)

音楽で印象深かったことといえば、やっぱり日常や暮らしの中に音楽があるという所です。そこが日本とは違うと思いました。街を歩いていても、パブとかで演奏しているのが普通だし、毎日のように生活の中に音楽があふれていて……それが今、私がやっている音楽でもあります。例えば友達の家に行った時には、ポットラックパーティ兼セッションみたいなことをやったりとか、そういうのが印象に残っています。

MM:現地では演奏活動なども盛んにされていたのでしょうか?

松岡:最初、大学院に入るまでは師匠の色んな演奏の遠征についていくみたいな感じで勉強させてもらって、学校に入ってからは結構ギグとかも増えてったかなと思います。

MM:印象に残っているギグや、具体的なエピソードがあれば是非教えて下さい。

松岡:師匠の所属するバンドの演奏がスコットランドの最北端の島であるシェットランド諸島という島であり、年越しギグ(大晦日)に同行しました。最北端の僻地みたいなところなんですけど……そこに行ったときにみんなステージ上でお酒とかを飲みながら演奏して、みんなで踊りながら、生演奏と一緒に年を越すみたいな。

MM:ステージ上で飲酒OKなんですね!

松岡:なんかOKでした(笑) ステージ上に演奏者用の特設バーが設置されてるんですよ! わたしはその時演奏していなかったんですけど、ステージに上がってお酒を飲んでるみたいな(笑)

その島は美しい自然と伝統が残る島で、学校教育の中にフィドル(ヴァイオリン)が取り入れられているので、フィドルを弾く人が沢山いることでも有名でした。朝まで演奏して踊ったり、ウィスキーを飲みながら話したり、友達全員に紹介してくれて、「私の友達はみんなあなたの友達だよ」と言ってくれたのが印象的でした。


『シェットランド諸島、新年の朝。』出典:https://rikomatsuoka.com

スコットランド音楽のコンクール。現地の奏者を抑えて日本人がまさかの優勝

MM:演奏活動だけでなくコンクールにも参加、そして優勝という輝かしい結果を残されていますよね。コンクールの思い出もよろしければ少しお聞かせください。

松岡:松岡:スコットランドでは、ハープが伝統ある楽器として、バグパイプと並べられることが多いんですけど、私がいた時はバグパイプはたくさんコンクールがあるのに、ハープって子供のためのものしかなかったんですよね。それもあって、ちょうど大人とかプロも参加できるコンクールを作ろうという動きがあったんです。それでできたコンクールが、私の出場した「The Princess Margaret of the Isles Memorial Prize for Senior Clàrsach」っていう長い名前のものです。

先生に「出てみたら?」って勧められて出場したところ、4人のファイナリストの1人になりました。そしてそのファイナルの会場が、またそれも僻地の……

MM:いろんな僻地に行ってらっしゃる(笑)

松岡:そうなんです(笑) エディンバラっていうスコットランドの首都があって、そこから4,5時間くらいバスで上に行ったところの「スカイ島」っていう島でした。

めちゃめちゃ綺麗な場所で、島内のお城が本選会場だったんです。現地での演奏を審査員が評価するのと、それに加えてインターネットでも配信されて審査されるという形式でした。

MM:ファイナリスト4名はどんなメンバーだったのですか?

松岡:スコットランドの伝統音楽のコンクールなので、私以外はスコットランドの現地の人たちでした。一人は私が通っていた学校で教えている先生、もう一人はバークリー(※米・ボストンのバークリー音楽大学)でハープを教えている先生、そしてもう一人はプロとして演奏活動をしている人だったんです。なので、そのメンバーを見て「これはもうここで演奏できるだけでいいや」っていうか、そのときはもう正直優勝とか思ってなかったんですよ。

記念受験のような気持ちで臨んだら、「楽しく弾こう」みたいな感じが伝わって良かったのかまさかの優勝で、自分が一番びっくりしてしまいました。お琴のコンクールで外国の人が優勝するみたいなものなので……逃げるように帰った思い出があります。

MM:いや、素晴らしいことだと思います。逃げなくても(笑)

帰国してプロ活動するなか再び海外へ! アメリカのバークリー音楽大学に赴く

MM:帰国後、プロとして活動をされてハープ協奏曲の初演や、メディアへの出演などご活躍されていますが、そんな中この8月にバークリー音楽大学(米・ボストン)に短期留学をされたと。再び海外へ、今度はアメリカへ渡ろうというのはどういう経緯があったのでしょうか?

松岡:もともとスコットランド留学中からアメリカにも興味があって、いつか行きたいとは思ってたんですけど、いいタイミングが無くて。

本当は帰国してから日本とスコットランドを往ったり来たりするのが理想だったんですけど、コロナ禍でそれが叶わなかったので……。今回はバークリーの5日間のプログラムに参加したんですが、これは1年に1回開かれるもので、ちょうどそこのスケジュールが空いていたので「今だ!」という感じでした。

MM:アメリカのどういったところに興味を持たれたのでしょうか?

松岡:ひとつは、アメリカのケルト音楽市場が確立されていると感じていたからです。スコットランド留学中、クラスメイトの中にアメリカ人が多かったこと、また、実は大学院の奨学金もアメリカに残るスコットランドの伝統を支援する組織から頂いていたり、何かご縁があるなぁと感じていました。

もうひとつは、アメリカの中で発展する伝統音楽を聴いて、面白いなぁと思っていました。スコットランドの音楽家とはまた別のアプローチをしているように感じていました。どのようなバックグラウンドがあって、そのようなハープ音楽が生まれるか知りたいと思っていました。

先程お話したコンクールで一緒だったマリーはスコットランド人なのですが、学部からバークリーに行って、そのままバークリーの先生になっていました。コンクールの時に夏に誰でも参加できるプログラムがあると教えてくれたので、いつかそのプログラムに参加してどんな内容の授業が行われているか見てみたいと思っていたんです。

バークリーの夏期プログラムに参加。アメリカのケルト音楽シーンは日本と似ている?

MM:バークリーは夏期にいろいろとイベントをやっているんですよね。今回参加されたのはどんなものなのですか?

松岡:「Global String Program」という5日間のプログラムです。ストリングスと壱岐さんが行かれていた学科とかって交流あったりするんですか?

(※インタビュアーの壱岐は2015年から4年間バークリー音楽大学の演奏/ジャズ作曲科に留学していた。)

MM(壱岐):夏のプログラムの人とは期間が短いので出会うこともありますが、少ないです。学部生同士だと、プロジェクトのレコーディングが頻繁にあるので学科が違っても結構会いますね。あとストリングスだと、ジェイソン・アニック先生には会われましたか? 眼鏡をかけた若いヴァイオリンの先生です。

松岡:あ、わかります。あの人か! 会いました。

MM:その先生のプライベートレッスンを取っていた時期があって、ジプシージャズ(日本で言うマヌーシュ)アンサンブルにも参加していたので、すごくお世話になりました。

松岡:やっぱり学科をこえた交流があるんですね。アメリカのケルト音楽のシーンはバークリーを中心に発信されているのかなと感じていたので、見てみたいなという思いがずっとあったんですよ。

MM:なるほど。アメリカのケルト音楽シーンはどんな感じでしたか?

松岡:日本と似てるなと思いました。というのも、スコットランドに留学生として来ていたアメリカの人たちが、今は帰国してアメリカで活躍してるんですが、私と活動の仕方がすごく似ているんです。なので今私が日本でやってることを、アメリカにも持っていけるのかなと考えています。

あとは、バークリーのストリングスで、もともとケルティックハープはなかったところに初めてこの楽器でオーディションに参加してケルティックハープ科を新設した人がいて、今はこの楽器を学べるようになっているんですけど、その人の演奏も、スコットランドで活動している人と演奏法が全然違うんですよ。 その違いって何なのかなっていうのを、どういう音楽を学んできたかを知って体得したいというところもありましたね。

”ニューイングランド”ボストンの街並みは初めてでもやはり馴染み深い

MM:ボストンはすごくイギリスとつながりのある街ですが、印象はいかがでしたか?

松岡:結構イギリスに帰ってきたような気持ちになったんですよね、建物とかも似ていて。アメリカのほかの場所に行ったことがないので違いは分からないですが、歩いてたらパブから音楽が聞こえてきたりとか、馴染みのある感じで安心して、すごく気に入りました。スーツケースを持って歩いていると、「Welcome Back」と工事現場の人が声をかけてくれて、何だか迎えられているような気がして嬉しかったですね。

MM:やっぱりそうなんですね。アイリッシュパブとか見つけると「おっ」てなる感じですか?

松岡:なりますなります! 通りすがりで演奏とかしてると、しばらく立ち止まって聞いてしまいますね。

MM:「Welcome Back!!」って、あるあるなんですよね。ボストンはハーバードやバークリー、MIT(マサチューセッツ工科大学)があったりと学生の街なので、休暇から帰ってきた子たちだなってことで。

松岡:イギリスでは言われたことがなかったので結構びっくりしました。そういうことだったんだぁ。

他の楽器と一緒に勉強することで、自分の可能性を狭めずに考える力がついた

MM:具体的な授業の内容はどのようなものでしたか?

松岡:1時間ごとに、即興、音楽理論、ジャズ、ファンクやポップスなどの演奏、アイルランドやスコットランド音楽、東ヨーロッパの音楽など……授業が毎日ありました。で、授業後は夜にセッションしたり、先生のコンサートを聴いたり、オープンマイクみたいなのがあったり。

MM:毎日朝から晩まで予定がびっしりですね。

松岡:そうですね。朝9時くらいから夜10時くらいまで何かしら入ってみたいな感じです。

MM:ケルティックハープって、楽器の特性上ヴァイオリンのように気軽にクロマチックな動きができるわけではないと思うのですが、色んな楽器の人がみんな混ざって一緒に授業を受けるのでしょうか?

松岡:そうなんです。それがまず新鮮でした。私はスコットランドでは「Traditional Music学科」にいたので、本当にスコットランド音楽しか勉強してないんですよね。そこではスコットランドの歴史や楽曲、装飾音の付け方、踊りに関わる音楽など深くスコットランドについて学びました。なので、まず「クラシック以外のジャンルを弦楽器で弾く」という大きな括り自体が新鮮で、色んな楽器の人と一緒に色んなジャンルを弾きましょうというコンセプトがアメリカっぽいのかなと思います。

MM:たしかにそうですね。クラリネットもそうで、ぼくはジャズの専攻でしたが、ジャンルに関係なく同じ演奏学科なのでクラシックの学生とも授業が被ったりして。

松岡:(スコットランドでは)学科が違うとまったく誰がいるかも知れないレベルに交流が無かったんですよ。グランドハープを弾く人と出会うことは学部が違うので無かったのですが、バークリーでは楽器問わず一緒に勉強していることが新鮮で、そこが一番の気づきでした。

さっき仰った通り、クロマチックなものはあまり対応できないけど、どうやったら工夫して出来るかなというのを考えたり。アメリカで活躍しているハープ奏者の人が作る音楽って、結構クロマチックが使われていたり、すごく考えて工夫されているものが多くて、こういう授業がそういう奏者を作ってるんだなと思いました。

MM:今回バークリーに行ってみて、ご自身の演奏の可能性は広がりましたか?

松岡:そうですね。ケルティックハープは構造的に弾ける楽曲が限られますが、他の楽器と一緒に勉強することにより、自分で可能性を狭めずに、考える力がつくことに気づきました。楽譜を使わず耳で覚える授業が中心など共通点もありますが、総合的な能力を養う&求められるのがバークリーなのだなと思いました。

ここのところ少し行き詰っていたというか、演奏者としてやっていく上で、自分の技術を伸ばしたいけどどういう方向で伸ばせばいいかが見えなくなっていて。そこに新たな道が見えてよかったです。

MM:なるほど。松岡さんは、伝統音楽を本場で学んだ上で再現していきたいというよりは、どちらかと言うとそれを踏まえた新しい表現を志向されているのでしょうか?

松岡:そうですね。自分が日本人というのもあるかもしれないですけど、ピュアなオーセンティックなものを伝えるのにプラスして、自分だからこそできる演奏っていうのを追求したいので。そこはアメリカの音楽の造り方と合っているのかなと思い、行ってよかったなと感じました。

まずは一歩を踏み出すこと。そこから自然と道は開ける

MM:これを読んでいただいている方の中には、留学を志している音楽学生の方や、海外に興味がある音楽家の方もいらっしゃると思います。是非そういった方へ向けてメッセージをお願いします。

松岡:はい。もし海外に興味があるという事でしたら、今はネットでの情報や、オンラインレッスンもかなり普及しています。英語に自信がない方もいるかもしれませんが、音楽なので何とかなります。オンラインレッスンを受けてみたり、一歩踏み出すとどんどん新しい道が開けて来ると思うので、ぜひまずは一歩踏み出してみてください。

私も今でも現地のオンラインレッスンとか、それこそバークリーを出てる方のレッスンを受けたりしていて、それが日々の活動のプラスにもなっています。みなさんも何か海外の音楽や音楽家との関わりを持ってもらえたらと思います。

MM:ありがとうございます。最後に、この夏に出たアルバムのお話を伺いたいのですが、メジャーレーベルからのリリースは今回が初めてでしょうか? 是非アルバムに込めた想いなどをお聞かせください。

松岡:メジャーでは初ですね! 日本で育って、アイルランドやスコットランドを旅してきた中での思い出の曲などを収録して、自分なりにアレンジをしています。 今までケルト音楽を全く聞いたことのない方にも馴染みのある曲が入っていたり、聞きやすいアルバムになっていると思いますので、ぜひ手に取っていただければと思います!

MM:本日はありがとうございました。

松岡:ありがとうございました。

――松岡莉子さんのメジャーデビューアルバム『Celtic Breeze』はKING RECORDSから2022年7月13日に発売された。Amazonをはじめとする各種販売サイトほか、Spotifyなど各種ストリーミングサービスでも配信されている。

松岡莉子さんのオフィシャルサイトはこちら

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